子どもが寝た後で

子育てして、仕事しながら、生き方を模索中。

残酷な「お見舞い」

 日曜日。会社の先輩に会いに、自宅を尋ねた。がんで治療中だ。会うのは2年ぶり。体重が30キロ台まで落ち込んでいるのは、事前に知っていたから、どんな様子でも、驚かないようにしようと心に決めていた。

 でもショックだった。どす黒い肌の色。ズボンがずり落ちそうなほど細い腰。日々、病いが体力を、先輩の体を、確実に奪っている。病いとたたかう壮絶な日々を想像した。

 話を始めると、元気だった頃と同じような気持ちで先輩と話せている気がした。自分で冗談を言っておいて、ニコリともしない話し方。理屈っぽくて、何が言いたいのかわからないような話し方。「あー、変わってない」と思うと、相手が病人だと言うことも忘れて、ジョークも言える。

 話している時にふと感じた。今、先輩の前で何か表面的な言葉で取り繕っても、ウソをついても、全部見破られそうだ。心が見透かされている。

 

 私がここに来た意味も。話したいことも。聞きたいことも。私の悩みも。説明をしなくても、今の先輩にはすべて読めているんじゃないか――。

 

 自分ですら、どうして先輩に会いに行こうとしたのか、よくわからなかったのに、帰る時には、はっきりしていた。

 仕事に迷い、このまま仕事を続けて良いものか悩んでいた。病いのせいで、仕事を休み、戻るめどがない先輩に、その悩みの答えを求めていた。

 なんて残酷な「見舞い」だろうと思う。

 

 それでも先輩は答えをくれた。

 考えろ、と。

「みんな考えなさすぎなんだよ。おれがちょっと考えただけで、考えすぎだと言われる。それぐらいみんな考えなさすぎ。病気になって本当によくわかったよ。人より少しでも考えていれば、絶対に負けない。何かに流されることもない」

 

 仕事を続けるべきか悩む前に、まずは仕事に向き合え――。そう言われている気がした。向き合っている「つもり」になっていた。入社して10年がたち、それなりにわかってきた気がしていた。勝手に「限界」や「飽き」を感じていた。周りもみんなそんなもんだから、と勝手に決めつけていた。

 

 そしてもう一つ、大切なことを教えてくれた。

 Readiness、だと。

 「初めて役職に就いた時、何も準備できていなかった。病気になった今なら、あの時、何をすべきだったのかがわかる。」

 いつか役割を任される。任されたときに初めて、「さあどうするか」じゃ遅いんだよ、と。もし自分があのリーダーになったら、もし自分があの仕事を任されたら。そういうことを考えて準備をしているか。

 まったく考えていなかった。私は今のことに精いっぱいだ。

 暇な部署に配属された今の私は、この暇な生活に流されている。このままじゃきっと後悔する。いつかまた元の部署に戻るだろう。その時、私が十分な仕事をできるだけの準備ができているか。

 

 何をすべきか。

 考えること。そして、準備を整えること。

 調べる。考える。伝える。そして基礎的な能力を高めておく。語学。健康。心安らげる家族関係。

 

 先輩からメールがきた。

 もし、何か思うところがあったのなら、すぐに行動に移して欲しい。そしてそれを私に伝えて欲しい。悲しいことに、必ず人の熱は冷めるから。

 

 やっぱり見透かされている――。